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2012年11月25日日曜日

カブタイヤの交換

カブのタイヤが限界寿命を迎えた。
自分で交換することで工賃を浮かし、ここは奮発してミシュランを履かせることにした。
オリジナルは廉価のIRC、さらに亀裂が入るまで使ったタイヤが新品のミシュランになるのだから、その違いは明確だった。
従来のトロさが抜けて、機敏に反応する挙動になった。
これはちょっとある意味、期待はずれではあるが、一方ちょっとだけ通勤のわずかな時間が楽しみになったりしている。
消耗品の寿命を把握して交換すると愛着が増すということがある。
物としての寿命をまっとうさせたということが精神的によいし、何より替えることで、効果が
体感できれば、なおのこと。言いなり?で交換しているとこのことがわからない・・・かも。

2010年1月24日日曜日

リトルカブと10年

ちょうど10年目のホンダ・リトルカブ。
自分にとってはカブは愛着のわくようなバイクではない。
それでも故障することなく10年一緒に走ってきたのだから、それなりに信頼もしていて、モノとのいい関係ってたぶんこういうことなのかもしれない。
オフロードバイクのXLRは25年近くたってもちゃんと動いているから、このバイクもまだまだ走れそうだ。
細かくみると、タイヤがそろそろ交換時期だし、ボディもやれてきた。そりゃあたりまえ、こっちだって色々ねーでてくるわけでからーなんて思いながら、整備したりする。


2007年11月5日月曜日

レッドウイングに負けはじめる・・・

この季節になると、おもむろに埃を払い皮のクリームを塗りたくる、89年モデルのレッドウイングのワークブーツ。
手に入れた当時は流行するちょっと前で、まだ安く手に入った。(なんで流行るとみんな高くなるんだろう、不思議。) 本当はソールが白いのが欲しかったんだけど、品切れで、この無骨なビムラムソールになっちゃった。でも今考えると結果的にはこっちのがよかったかも。お店の人に初めてはいて違和感を伝えると、2-3年たたないとだめ、履き倒すって感じちゃないとだめだよーって言われた。
このワークブーツ、10シーズンぐらい秋から春にかけてイベントやコンサートの現場では必ず履いていた。一時期は、本当にこの靴じゃないと足元が不安っていう時期もあった。それが、多分店員が言っていた履き倒すっていうレッドウイングとの、いい関係値なんだろう。

ここ数年、たまに履くと足が痛くなる、つまりここ数年連続して、レッドウイングに負け続けているっていうことだ。また勝てる日はくるかなーっておもったりしている。こういうワークブーツを履く日常にちょっとあこがれたりしている。

2007年9月21日金曜日

NYへ!里帰りするタンタン!

別に格別神経質なたちではないが、出張などで何よりしんどいのは同行者とツインルームに連泊することだ。どんなに相手と関係値がよくても、四六時中一緒にいることで、些細なことでぶつかったりするものだ。仕事の辛さとは異なる精神的な圧迫感のようなものかも。
それでも、ツインで一緒の部屋で寝ることになったとき、相手のプライバシーで関心をひくようなことがあり、それはそれで興味深かったりする。

とある南の島のロケで、カメラマンとツインで一緒になり連泊した際、彼がベットのサイドテーブルに小さなクマの人形を置いた。それは親指ぐらいのサイズで、見た感じかなり年季が入っている。
あまり詮索してもと、それが何であるかは聴かずじまいだったが、おそらく旅のお守りのようなもので、彼は随分永くそれを旅の同行者としていると憶測した。

当時はセンチっぽく感じたが、実は自分もいつの間にか、この人形を旅の同行者にしている。こちらもまじまじと観ると、相当やれてきている。 2000年のNYのSOHOで求めたタンタンは、それ以来国内外の旅行をともにしている。ときたま忘れたりすると、軽く不安になったりして、いまや旅のりっぱなお守りになっている。

この話しをすると、タンタンを一緒に旅行させるという志願者が現れ、実は、自分よりこのタンタンは世界の各地を訪問している。来週も女友達にNYへつれっていってもらうことになった。
7年振りのNYの里帰り・・・ちょっとうらやましい。

2007年8月27日月曜日

古いソニーの魔法

古いたたずまいの本屋さんに入ると、レジ横のラジオから静かに音楽が流れていて、ちょっとなつかしい感覚にとらわれる。
実は音楽を静かに流すということは今や意外にむずかしい?ことかもしれない。ステレオやヘッドフォンで聴くと音はみっちり聴こえてくる。音からちょっと離れようと思っても、それは近くで密着している感覚だ。もちろん、そういう音楽との接し方が普通なのだが、ときとして、音楽にもう少し距離をもって接したくなるときがある。

部屋の片隅でラジオを少し低めに流しておくと、音との距離感が絶妙で、とても心地よい気分になれる。
このソニーのトランジスターラジオは、音を静かに部屋に流すには欠かすことのできない道具だ。小学生の頃、子ども電話相談室を聞くために買ってもらって以来、30年以上がたつ。(この番組のおかげで自分は、おたまじゃくしの生態とか、ほとんど必要のないことに今でも詳しい・・・)
ソニーがラジオを真剣に作っていた時代のもので、今のモノに比べると音がほんのり優しい気がする。
例えばこれで、今の季節だったら高校野球とかを少し音を低めに流していると、部屋には夏の音風景が静かに広がっていく。
モノを大事に長く使っていると、こういう魔法のようなことが起きたりするから不思議。
耳を傾けて聴くラジオ番組としては、NHK土曜ジャーナルが最近気に入っている。3回シリーズで柳田邦男の「人生に無駄なものは何ひとつない」 ーこれはとてもいい内容。 

2007年7月11日水曜日

トミカを手のひらに・・・

小さい男の子のいる家を訪ねるとき、自分はポケットにトミカを忍ばせていく。
親がちょっと離れて男の子と二人になると、おもむろにポケットからトミカの箱を出して手のひらにポンと置く。ほとんどの男の子はトミカが大好き。ぱっと明るい顔になる。
指でクルマをはじいてスピンタウンさせる方法を教えてあげながら、
「トミカを缶に一杯集めてみろ!友達に自慢できるぞ!」と言う、そしてパパやママにトミカをねだるコツを密かに伝授。 (トミカは300円ぐらいなので、すぐ買ってもらえる!)

トミカが子供にとって衝撃的なのは、箱の実車の絵と中身のギャップだ。見せ掛けと中身の違いを思い知る。生まれて始めて-まぁこんなものかーと一発くらう感じだ。
でもそれを乗り越えて、自分の想像力でトミカで遊びつくすと、写真のような素敵なスバル360になる。すでに役目を終えたトミカ、いかにも幸せそうだ。

2007年6月4日月曜日

夏に向けて


82年モデルのホンダXLR250R。
放置気味で、老年もあり、あちこち問題を抱えている。ここ1年かけてオークションで中古部品の調達を繰り返しここまで仕上げてきた。エンジンの調整も終わり、あともう少し。
遠い空の夏っぽい雲を見ながら、試運転もかねて走ったら、夏への期待でいっきに気分が高揚した。
夏までには何とか整備を完了して、信州を訪れたい。
ぜひ、お逢いしい人、今のうちに逢っておきたい人、訪ねたいあの場所。
そのすべてが、この道の先に。